• 1953年福島県生れ。法政大学法学部卒。
    民間企業、地方公務員を経て自然写真家となる。
    (公社)日本写真家協会会員・(公社)日本写真協会会員・日本自然科学写真協会会員。
    フォト寺子屋「一の会」主宰。
    全日本写真連盟関東本部委員。
    日本写真家連盟(PFJ)常任講師。
    写真愛好家には、しあわせな写真人生のための『写真による自分史つづり』を提唱している。
    写真雑誌や各種フォトコンテストの審査員も数多く務める。

     

    □ 写真展
    1995年
    「水幽玄-裏磐梯絶景-」富士フォトサロンほか
    1999年
    「尾瀬しじまの旋律」富士フォトサロン(東京・大阪)
    2001年
    「貴重な日本の自然-尾瀬-」福島県未来博覧会会場
    2002年
    「尾瀬の聲」ペンタックスフォーラム(東京)
    2004年
    「裏磐梯の聲」 富士フォトサロン(東京・大阪)
    2005年
    「裏磐梯の聲」 富士フォトギャラリー宇都宮(栃木)
    2006年
    「裏磐梯の聲」 フジカラーアウラ(新潟)
    「おぐにの聲―山形県小国町だより―」ペンタックスフォーラム(東京)
    2007年
    「おぐにの聲―山形県小国町だより―」富士フォトサロン(仙台)
    富士フォトギャラリー宇都宮(栃木)・高崎(群馬)・新潟(新潟)
    2008年
    「裏磐梯の聲」福島市写真美術館
    2010年
    「櫻乃聲」富士フイルムフォトサロン(東京・大阪・名古屋・福岡)
    富士フォトギャラリー新潟(新潟)
    2012年
    「-日本列島-季乃聲」富士フイルムフォトサロン(東京・大阪・名古屋)
    福岡市美術館・富士フォトギャラリー新潟(新潟)
    2013年
    「櫻乃物語」ペンタックスフォーラムギャラリーⅠ&Ⅱ(東京)
    富士フォトギャラリー新潟(新潟)
    2016年
    「―日本列島-花乃聲」富士フイルムフォトサロン(東京・大阪・名古屋・福岡)
    富士フォトギャラリー新潟(新潟)
    2018年
    「―日本列島-花乃聲」福島テルサ・ギャラリー(福島市写真美術館企画展)
    2019年
    「サクラニシス」富士フイルムフォトサロン(東京・大阪・名古屋・福岡・札幌)
    富士フォトギャラリー新潟(新潟)
    2022年
    「聲をきく―Listening to the Spirits in the Wild―」富士フイルムフォトサロン(東京・大阪)富士フイルム企画展
    白鷹町文化交流センターAYu:M(あゆーむ)企画展(山形)

     

    □ 作品集及び著書
    1993年
    ポストカード「裏磐梯の変幻」
    1995年
    ポストカード「裏磐梯変幻景」
    写真集「裏磐梯彩景」(日本カメラ社刊)
    1999年
    写真集「尾瀬しじまの旋律-悠久六千年の呼吸-」(日本カメラ社刊)
    ※この写真集は、日本図書館協会選定図書となる。
    「鈴木一雄の世界・Pentax645作例集」(ペンタックス・ファミリー)
    2002年
    写真集「尾瀬の聲」(日本カメラ社刊)
    2004年
    写真集「裏磐梯の聲」(日本カメラ社刊)
    『露出の極意-スポット測光術のすべて-』(日本写真企画刊)
    『一眼レフ露出のテクニック』(成美堂出版)
    『風景写真が必ず上手くなる露出決定術』(学習研究社刊)
    2006年
    写真集「おぐにの聲―山形県小国だより―」(日本写真企画刊)
    2007年
    『風景写真の極意Ⅰ』(日本写真企画刊)
    2009年
    『鈴木一雄の風景四大聖地』(モーターマガジン社刊)
    2010年
    写真集「櫻乃聲」(日本写真企画刊)
    2011年
    『デジタル露出の極意』(日本写真企画刊)
    2012年
    写真集「-日本列島-季乃聲」(日本写真企画刊)
    2013年
    「-見たい撮りたい-日本の桜200選」(日本写真企画刊)
    2016年
    写真集「-日本列島-花乃聲」(日本写真企画刊)
    2019年
    写真集「サクラニイキル」(風景写真出版刊)
    2022年
    写真集「聲をきく―Listening to the Spirits in the Wild―」(風景写真出版)

     

    □ その他
    (コラム)
    1998年4月~1999年3月 日本経済新聞に「風景グラフィック」を連載

    (カレンダー)
    2018  RICOH CALENDAR
    2018~ 花こよみ

    (審査員)
    「第36回JPS展一般公募」
    第45回富士フイルムフォトコンテストのネイチャー部
    第35回全国高等学校総合文化祭写真展
    第64回~第67回群馬県展
    第64回新潟県展
    第36回福島県展
    第55回、第56回山形県展
    リコーイメージングフォトコンテスト(2018)
    秋山庄太郎記念米沢市写真文化賞(第8回~第13回)
    NTT東日本カレンダーフォトコンテスト(第3回・第4回)
    第16回写真の日記念写真展2020
    全日本写真連盟支部対抗戦(2018)
    “あきたの四季”フォトコンテスト
    “みちのくの四季”フォトコンテスト
    ふくしま星・月の風景フォトコンテスト(第1回~)
    新潟フジカラーフォトグランプリ(第1~3回・第14回)
    2019年 栃木県・朝日フォトグランプリ
    長野フジカラー「信州写真展」
    新潟県見附市第38回市展
    新潟県佐渡フォトコンテスト
    福島県塙町ダリアフォトコンテスト(第1回~)
    山形県小国町フォトコンテスト(第1回~)
    ペンタックスファミリーサロン展(第38回)
    月刊誌『フォトコン』
    月刊誌『カメラマン』
    月刊誌『日本カメラ』
    隔月刊誌『風景写真』
    隔月刊誌『四季の写真』
    等のフォトコンテスト審査員を歴任

    「聲」 - こえ -

    私の写真集及び写真展のタイトルは、2002年以降は「…の聲」というように“聲(こえ)”シリーズに統一している。それが、私の風景写真に取り組む基本姿勢であり、アプローチの根幹となっている。以前は、被写体を作品作りの素材ととらえる傾向があったように思える。あたかも料理人のように、良い素材を求め、そして己の腕前で如何に素晴らしい料理=作品に仕上げていくか…。

    だが、長年にわたって尾瀬の撮影に取り組んでいる中で、“自然との一体感”がとても大切に思えるようになってきた。その核心は、自分自身のこころをやわらかくし、被写体=自然界が発する“聲(こえ)”をとらえ、そして受け入れることにある。そうすることによって、今までには見えなかったものが見え、意識できなかった事象が意識できるようになった。その結果、自然と一体になることの喜びと、心に響くたくさんの映像を得ることが可能になった。

    風景写真というジャンルでは、今なお美しい風景=「美の聲」が重要視されており、多くの写真愛好家も色彩鮮やかでドラマチックなシャッターチャンスを追い求める傾向が強いようだ。だが、自然界が発する聲には、さまざまなものがある。美の聲だけではなく、命の聲、歴史の聲、そして環境の聲などいくつもの聲が発せられている。それに対し、“映像美”というフィルターをかけ過ぎると、被写体は見えなくなってしまう。こころを澄まして聲を感じ取ることで、眼前の風景や被写体をしっかりとらえることができよう。

    「命の聲」は、常に私たち人間の課題として、私自身の問題としてこころに響いてくる。若いころは、花でいえば満開を求めたように、命の盛り・勢いに目が奪われがちであった。しかし今では、足元の小さな命の誕生や命の成就という姿にも敏感に反応するようになってきた。

    「歴史の聲」は、“現在”と“未来”を正しく認識し、予測するための鍵である。現在の自然環境や景観は、過去の歴史の延長上にある。表面上の美学にとどまることなく、礎となっている過去を学ぶ姿勢を大切にする。それは、風景写真だけではなく、生活のすべてに通ずる大切な鍵ともいえる。そのことによって、私自身の作家活動と作品にどれだけ広がりが生まれたことか、感謝している。

    「環境の聲」は、一生懸命に命を全うすることの尊さを教えてくれる。岩盤のわずかな隙間や、いつ崩れてしまうかわからない断崖絶壁で生活している木立…。外来種のブラックバスに追われながらも必死で逃げのび、子孫を残しているワカサギ…など、いろいろな被写体から前向きに全力で生きることの重要性を学んできた。

    被写体が発信しているさまざまな聲をしなやかに受け止めること、それが私の作家活動における基本姿勢である。

    「一写入魂」

    はじめに

    雨であっても 曇りであっても
    新緑や紅葉がよくとも 悪くとも
    朝焼けが期待通りになっても ならなくとも

    今日で出会えた光景に 素直に 感動しよう
    生きていることの喜び
    シャッターを切れることの喜びの灯を
    決して 絶やさずに
    こころを 喜びでふるわせよう

    感動喪失病にならないよう
    いつも 被写体に 自然界に
    支えてくれるすべての人に
    そして 神に 感謝しよう

    人との競走や 欲を捨て
    ひたすらに 出会いの光景を
    祈るように 描こう

    感動と喜びが 画面に宿り
    それが 作品の力となろう
    それが 自分史に残る 作品となろう

    自然写真家 鈴木一雄

    『風景写真の極意』(日本写真企画刊)より抜粋

    「自分史つづり」

    ☐“自慢史”と“自分史”
     私は、写真愛好家とのかかわりが深い。写真教室や撮影会、セミナーや講演会などを通し、写真愛好家の方々の写真人生をサポートするというかかわりである。そこでは、写真を上達させるための技術論や精神論とともに、“自分史つづり”の普及活動に力を注いでいる。この活動は2000年を過ぎた頃からで、かれこれ20年近くになろうとしている。
     私は、写真人生を豊かにするためには、“自慢史”と“自分史”の二つが必要であり、それはまさに車の両輪と考えている。写真を楽しむ人のほとんどは、自分の自慢の作品や力作を発表し、第三者に認めてもらいたい、褒めてもらいたい、あるいは自慢したいと願っている。私はそのための発表(個展・グループ展、コンテストなど)を、“自慢史”位置づけている。モチベーションを高めるものとして、これはこれで必要だと思う。ただ、“自慢史”を最重要にしてしまうと、目標を達成したことでガクッとなる“目標喪失病”に陥ってしまいがちだ。また、他人との競争に陥って疲れてしまうことにもなりかねない。事実、私はそのような人をたくさん見てきた。
     そこで重要なのは、目標喪失病に陥ることのない目標を持つことである。それが“自分史”だ。ただ、一般的に世の中で言われている自分史は、生きているときに作成して発表するものであり、私の分類ではそれは“自慢史”の一形態ということにる。私が提案する“自分史”とは、“自分の人生を総括し、この世に生きた証をつづる遺言書”のようなものだ。そしてそれは、一周忌の引き出物として、自分を偲んでくれる人々に贈呈してはどうか、というのが私の提案である。この位置づけでは、その取り組みはずっと続くものであり、“自慢史”のように目標達成感によってガクッとなることはない。また、“自分史”という崇高な目標を持つことで、“自慢史”はその一里塚という位置づけになり、肩の力も抜けるという嬉しい二次効果もある。

    ☐“自分史”の内容
     自分史は、いわゆる写真集ではない。自分という人間がいかに写真を楽しむことができたか、自分はどのような人生を歩むことができたか等を、見栄などのベールを脱ぎ棄ててつらつらと吐露するものである。その内容は、大きく「作品編」と「私の人生編」の二部構成が考えらる。
     さて、「作品編」に組み入れる作品はどのようなものか。写真集ではないので、テーマやジャンルは定めずに、感動の大きさというものさしで選んでいく、という考え方で良いのではないか。今もし病に倒れたならば、自分自身を励まし、そして生きる希望を与えてくれる作品はどれか、今、この世を去るときがきたならば、この写真が撮れて本当に良かったとしみじみ思える作品はどれか、という選び方である。それは、決してコンテストに入賞したような作品とは限らないはずだ。例えば、本当に苦労してようやく撮れた作品や、大切な思い出が詰まった写真などが入るだろう。いずれにせよ、第三者が評価したものではなく、あくまでも自分自身が感動できるかどうかというものさしで判断するのが“自分史”の作品だと思う。自分が感動し、自分を励ます作品を、毎年ひとつずつ増やしていくことが重要な課題となるわけである。
     また、作品には、ひとつひとつ「作品への思い」を書き綴りたい。写真集の作品解説ではないので、なぜこの作品が自分にとって大切なのか、感動の根源は何か、何が自分らしいか、などの心の吐露を自由にりべたい。
     次に、“自分史”を構成するもうひとつの要素として、「私の人生編」を設けたい。それは、生まれたときからの自分の歴史である。いかなる時代に、どこで生まれ、いかに生きたか。また、自分にとって人生の重要な事柄は何だったか、助けてくれた恩人の方々のことなども綴っておきたい。人生の足跡を日記のように綴っても良いし、年譜のように記述してもかまわない。
     さらに、自分の両親や先祖の事柄を述べても良いし、家系図などを掲載するのも価値があろう。子どもや孫へと引き継がれるように、空欄を設けるのもひとつのアイデアである。両親や祖父母などから引き継いだ生活の知恵なども、自分にとっての文化遺産だ。家族の写真や思い出深い写真なども、この“私の人生編”では貴重なものとなろう。

    ☐“自分史”の製作の流れ
    ①撮影期間を算定する
     今の自分の年齢、健康状態や体力などを考えて、あと何年元気で撮影をすることができるか。7年なのか15年なのか。そのおおよその期間を考えよう。それが、自分にとってかけがえのない大切な時間だ。そしてこの“撮影期間”は、毎年年末に見直すことが必要だ。益々元気で上方修正をする人もいれば、病気などで下方修しなければならない人もでてくるからだ。
    ②今後の撮影計画を立てる
     前述したように、自分史に収める作品は自由だ。もちろん、被写体を限定して撮影に取り組んでいる人は、テーマを設定して自分史の作品作りに邁進しても良い。そうでない人は、今後の写真人生に悔いのないように、撮影計画を立てたい。毎年年末に、来年及び再来年の計画を立てていこう。いずれにしても、焦ることなく、気負うことなく、心をやわらかにして、出会いの風景に心を震わせながら作品を生み出していくように心がけたい。
    ③「私の人生編」も併行して進める
     撮影と併行しながら、自分史のもうひとつの「私の人生編」も綴っていきたい。あまり大上段に構えずに、日記のように自分の心に対峙してはどうだろうか。とつとつと語るもうひとりの自分の話を聞くように、飾らずに書き留めていけばよいと思う。決して、プロフィールではないのだ。
    ④折り返し時点で、原案を作る
     ①で算定した期間の半分ほどところで、とりあえず原案を作ってみよう。作品を並べ、そこに自分の人生が、自分という人間そのものが凝縮されているか、確かめよう。もちろん、「作品への思い」や「私の人生編」も含めて全体をじっくりと眺めよう。
     そして、自分史の“版の大きさ”や“頁数”なども検討しよう。ひとつに絞り切れないときは、複数案を作ってみてはどうか。分からないことがあったならば、見積もりを取る予定の出版社などに相談をしながら進めたい。
    ⑤見積りをとり、製作会社や製作部数を予定する
     原案ができたならば、見積もりを取ってみよう。今はとても恵まれている時代で、自費出版を取り扱う出版社や書店がたくさんある。できれば複数の見積もりを取り、比較検討をしてみよう。
     その結果に基づき、①製作会社、②版型や装丁、③部数、④制作費をおおまかに予定しておく。なお、数年おきに見積もり内容に変更がないか、確認していくことも必要になろう。
    ⑥遺言状を作り、自分史製作の担保を確保する
     もうひとつ、とても大切なことがある。それは、遺言状の作成し、制作費の担保を確保することだ。遺言状には、“自分史の製作依頼”“製作会社及び部数”“通夜の時の引き出物にする旨”“制作費の出所”などをしたため、「原案や作品データ(あるいはポジ)、文章のデータ」などと一緒にしておきたい。
    ⑦内容を更新していく
     あとは、毎年充実した写真人生を送りながら、新たな作品の追加または入れ替えの作業を続けよう。また、「私の人生」編を書き足したりする作業も必要だ。体が動く間は、目標に向かっていつまでも邁進する日々が続く。大切なのは、この壮大な事業に向かって一日一日を大切に生きていくこと、である。

    「写真のリアリズム」

    写真とは何か

    □修正し過ぎて掲載禁止!
    この本の原稿を書き始めてから、数日たったある日の朝のことである。インターネットで主なニュースを閲覧していると、「美し過ぎて掲載禁止に!」という衝撃的な見出しが目にとまった。

    それは、イギリスにおける化粧品の広告写真を巡る騒動であった。ある化粧品会社がジュリア・ロバーツをモデルに採用した広告を出したのだが、国会議員のひとりから「デジタル処理によって修正されていて非現実的」という指摘がなされた。それを受けたイギリスの広告基準局(ASA)が「広告画像が商品の効果を正しく表していると結論づけることはできない」として、広告写真の掲載を禁止する決定を下した、というのだ。

    □画像処理の落とし穴
    化粧品会社は、「肌を明るく、影をなくし、目の周りにシェードを入れ、唇をなめらかに、眉を濃くして いる」という点は認めているらしいが、まさかそれが〝非現実的〟という判断で掲載禁止になるとは思っていなかったようだ。

    私は、画像処理には禁断の魔力がある、と常々思っている。もう少しきれいに美しくと願って加工処理をしているうちに、実物の被写体から次第にかけ離れていってしまうものだからである。例えば夕焼けや朝焼けの画像処理をするとしよう。実際の現場ではさほど焼けなかったとしても、人は皆、もう少し赤くもっとドラマチックにと手を加えていきたい衝動と闘うことになる。そして、その誘惑に勝てる人が、どれほどいるだろうか。

    □写真はリアリティが大切
    広告写真にさえ求められた〝リアリティ〟という問題は、混沌としつつあったデジタル写真の方向性に警鐘を鳴らしたようだ。私たちは写真表現において、とりわけネイチャー作品においてあらためて被写体のリアリティを大切にしなければならない。そのためには、作品の仕上がりだけではなく、被写体に向き合ったときのリアリティをも大切にすることが必要だと痛感する。あとからの画像加工に期待せず、シャッターをきった瞬間に作品を仕上げる、という決意と哲学を持つことが重要ではなかろうか。

    『デジタル露出の極意』(日本写真企画刊)より抜粋

    「鈴木一雄の道具」

    ○カメラ
    【フィルムカメラ】PENTAX 645NⅡ
    【デジタルカメラ】FUJIFILM GFX100S・X-H2S、 PENTAX 645Z
    ○レンズ
    FUJIFILM GFレンズ・Xレンズ、PENTAX Aレンズ・FAレンズ、リアコンバータ

    ○三脚
    Leofoto LP-324C、LS365C、 SLIK SS284、

    ○雲台
    Leofoto G4、WF-01R、SLIK SH-806N

    ○フイルム
    フジクロームベルビア100・100F・50・フジクロームプロビア100F・400X

    ○SDカード
    SONY SF-G、Sundisk Extreme Pro

    ○フィルター
    ケンコー・トキナー、Cokin、H&Y、KANI

    ○カメラブレ装置他
    本橋製作所ジャイロックDT-100他各種、ジャイロックKSH-100(傘ホルダー)

    ○ライトビュアー
    富士フイルムイメージングカラーイルミネータープロB4

    ○ルーペ類
    ペンタックスZOOM PHOTO LUPE 5~11×・smc PENTAX PHOTO LUPE 5.5×、ピーク ANASTIGMAT LUPE 4×、ユーエヌ モニタリングPro-MC

    ○カメラザック
    ラムダ槍ヶ岳(鈴木仕様)・霧ヶ峰他

    ○パソコン
    エプソンEndeverPro8400、富士通ノートPC

    ○モニター
    EIZO  ColorEdge CG277

    ○プリンター
    エプソンSC-PX5V

    ○フィルム複写機

    ペンタックスフィルムデュプリケーター

    ○スキャナー
    エプソンGT-X970・GT-9800F

    ○自動車
    トヨタ ランドクルーザー100