2014年5月31日 土曜日
※ この話は、前話の九州撮影会の二日後の出来事である。あまりにも長い間このブログをサボってしまったが、記憶をたどりながら忘れがたい話を書かせていただいた。
私を含めて三人は、次第に深なってくる川の中を注意深く進んでいった。私以外の二人とは、前話で撮影会を手伝ってくれたK(男性)さんとSさん(女性)である。
先日の勉強会の時、私が由布川峡谷の“チェックストーン”の撮影に久しぶりに行きたいと言い出したところ、KさんとSさんが同行することになったのであった。チェックストーンとは、由布川峡谷の上流にある名所だ。下にいるのが怖いほどの大岩が、この写真のとおり崖の最上部で今にも落ちそうに挟まれているのである。下流のポイントから渓流を遡って行くのだが、問題がひとつあった。それは、今年は水嵩(みずかさ)が増していて、ウエダーでは危険というKさんの報告であった。ウエダーとは、釣り人がよく使うもので腰や胸まである長靴のことである。水嵩が深いところで着用するものだが、いったん水が入ってしまうと溺れてしまう危険性がある。そこで私たちは、ずぶ濡れを覚悟して渓流を進むことにした。
万が一カメラザックに水が入り込む事態を想定し、レンズやカメラをジップロックのビニール袋に入れて収納した。そしてKさんは、小さなゴムボートやロープまでも用意してきた。それは、“チェックストーン”に近づいたところの深瀬で役に立った。そこは、私の首下までの水深になっていた。まずKさんがゴムボートにザックを乗せて上流の浅瀬まで進んでいった。その地点の岩にロープの片方を結びつけてもう片方の流し、私が受け止めた。Kさんは戻ってくると、ゴムボートにSさんのザックを載せて運び、Sさんは張られたロープにつかまりながら泳いで渡ることになった。Kさんが再度戻ってきて私が持っていたロープを受け取り、今度は私がゴムボートにザックを乗せて渡った。
そうしているうちに、後から来た若い男女のグループ(大学の登山愛好会のような印象であった)が追いついてきた。このときKさんは、彼らにこのロープをたどって渡るように勧めたのであった。彼らもまさかこのような水の深さになっているとは思ってもいなかったようで、この親切な行為に何度もお礼を述べたのだった。私はこのほほえましい様子を見つめながら、あたたかい気持ちに浸った。同時に、間近に迫っている大切な撮影を前にしてどれほどの人がこのような心の余裕と親切心を持つことができるだろうか、とふと考えた。
まもなく私たちは、“チェックストーン”の地点に到達した。掲載した写真のように、大岩が今にも落ちそうなスリリング状況に光芒が射し込み、感動的なシャッターチャンスを存分に堪能したのであった。撮影を終えて渓流を下っていると、先ほどの若者たちがいた。どうやら私たちを待っているようである。その中のひとりの女性が、「さきほどはありがとうございました。ところで、この車の鍵はみなさん方のものでしょうか」と声をかけてきた。顔を近づけて確認したKさんが、「あっ、私のだ!」と驚きの声を上げた。私とSさんも思わず、「えぇ!」と声を出してしまった。若者たちは、笑顔で「お役に立てて良かったです」と述べて帰って行った。
Kさんは合い鍵を持っていなかったようで、「いやぁ、帰れなくなるところでした」とつぶやいた。実は、私たちや若者たちの他にも二~三の本格的な沢登りのパーティがあった。若者たちも、起点となる駐車場でそのことは認識していたはずである。つまり、誰が落としたか分からない状況の中でわざわざ私たちを待っていてくれたのである。このような場合、拾った鍵を拾った場所の目立つところに置いておく、というのが一般的な作法であろうか(もちろん、それを見過ごしてしまう可能性は十分にあるが)。それにもかかわらず、“もしやあの人たちの鍵かもしれない”と考えて私たちを待ち受けてくれたのは、Kさんの親切な行為があったからこそであろう。“親切は戻ってくる”という言葉が、心の中に響いた。