2013年8月12日 月曜日
「もしよろしかったら、オクチョウジザクラにご案内しますよ」という思いがけない言葉に、私のテンションは一気に高まった。「本当ですか。是非、お願いします」と、こみ上げる嬉しさを噛みしめながら返事をした。
毎年続けている私の櫻旅は、一ヶ月から1ヶ月半に及ぶ。それは、私にとって一年でもっともしあわせな時間であり、大切な充電期間でもある。細かなスケジュールは定めずに出発するのだが、“今年はこの桜を撮りたいなぁ”という願いが、事前にいくつか生まれるのだった。そして今年の願いのひとつに、“チョウジザクラ”があった。
ソメイヨシノに代表されるおおよそ600種の園芸種に対し、古来より日本に存在する自生種はわずか10種にすぎない。その貴重な桜のひとつが“チョウジザクラ”なのである。この桜は、「花の部分を近くで横から見ると“丁字”のように見える」という特徴が名前の由来になっている。だが、昔から鑑賞価値が低いとされてきたこともあって情報が少なく、なかなか満足できる個体に出会うことがなかった。今年は、長野県でその念願が叶うことを期待していた。安曇野に住み、山岳ガイドをしている友人が、以前からチョウジザクラの群生地を案内してくれる、と言ってくれていたからであった。だが実際には、樹齢の若い十本ほどの木立が少しの花をまとっている状況であった。私はオクチョウジザクラに出会えただけで満足し、櫻旅を続けたのであった。
長野県から福島県、そして山形県へと櫻行脚を続けていったが、山形県のとある櫻のところで、県内に住む写真愛好家のSさんに声をかけられた。櫻の談義をしている中で私がチョウジザクラを探していることを何気なく話すと、彼はその巨木を知っているという。そして、冒頭の会話となったのであった。
私は、すぐにでもその櫻に会いたいと申し出ると、彼は快く案内してくれた。出会いの場所から車で30~40分ほどのであったろうか。巨木のオクチョウジザクラは、道路から見えるところに立っていた。いや、こんもりと花笠を広げていたと言った方が性格かも知れない。一般的な櫻とは違い、オクチョウジザクラは中心的な太い幹はなく、低木のように何本もの枝が地面を這うように伸びているのである。そのためか、道路から見える状況にあるのに、花見に訪れる人はほとんどいない。だが、直径10メートルほどに達するこの櫻は紛れもなく巨木であり、相当の樹齢に達していると思われた。
私は深い感動に包まれ、夢中で撮り続けた。途中でSさんは弁当を調達してくれたのだが、オクチョウジザクラを愛でながらいただいた昼食は、至福の時間であった。